side of the moon
その4
ロビーの椅子に腰を下ろし、大きく溜息をつくと、背もたれに身体を預け、天を仰いだ。 仲良く楽しんでいるふたりを見せつけられて、おれは何をしているんだろう・・・? 帽子を取り、髪をぐしゃぐしゃとかき回していると、館内放送が鳴り響いた。 『まもなく、シアターにおいてプラネタリウムの投影が始まります。チケットをお持ちのお客様はシアターまでお急ぎくださいませ』 アナウンスと同時に、聞きなれた関西弁がおれの耳をつく。 「空いてたらええのにな〜プラネタリウムなんてぎゅうぎゅうに座って見るもんちゃうもんな〜」 それはおまえが勝手に思ってるだけだろ! そう思いながら、おれも腰を上げた。 少し間をおいてシアター内に入ると、プラネタリウムはやはり人気なのか、展示室の閑散さがウソのように半分くらいの座席が埋まっていた。 すばやくふたりの姿を見つけたおれは、オレンジの柔らかい照明の中を、ふたりの斜め後ろの席目指してゆっくり進んだ。 崎山が選んだのであろう、あまり席が埋まっていない一部分に並んで座って、パンフレットを開けている。 幸いにもプラネタリウムの座椅子は、背もたれが高く作られているため、振り返っても前から後ろの席は見えない。 「優くんって何座?」 「うお座です」 「おれ、双子座。双子座って今年めっちゃ運勢いいねん。運命の人と出会うんやって!残りあと2ヶ月ねんけど、来るならはよ来いっちゅうねんなっ。それとももう出会ってたりするんかな〜」 前のめりで前の背もたれの陰に隠れ会話を聞いていたおれは、ふざけんなと心で叫んだ。 「せや、あいつ、三上は?」 「おひつじ座だと思います」 「あいつが・・・ひつじ・・・・・プッ」 何がおかしいのか、笑い出しやがった。 つられて麻野も笑っている。 おれ・・・笑われてるのか・・・? 「あれ?なんで優くん笑ってるん?」 「だって、崎山さんがあまりに笑うからつられちゃってっ」 おいおい、人も気も知らないで何なごんでるんだ? こぶしをぎゅっと握りしめた瞬間、シアター内の明かりが落ちた。 『さぁ西の空に太陽が沈んでゆきます。そしてそれと共にたくさんの星たちが姿を現しはじめました』 なに能天気なアナウンスしてるんだよ!全然何も見えないじゃんかよ! おれは天井を見上げることもせず、頼りにならない視覚をあきらめ、ひたすら耳を済ませて前の様子をうかがう。 目が慣れてくるとぼんやりではあるが、ふたりの姿をとらえることができるようになった。 麻野は真剣に天井に投影される天体に見入っている様子だ。 しかし、崎山のほうは、意識が麻野に向いているのが手に取るようにわかる。 しばらくすると、崎山が麻野に顔を近づけ、ひそひそと何やら話しながら、とある方向を指さした。 麻野がそれを見ようと少し身体をひねっているが、どうも見えない位置らしい。 すると、あろうことか、崎山は麻野をぐいっと引き寄せ、麻野の身体を、自分にぴったり寄り添わせた。 上半身を崎山に預けた格好になった麻野は、とっさに身を引いた。 そして、小さな声だけれど、後ろのおれにも聞こえるはっきりした口調で「ごめんなさい」と囁いた。 ごめんなさい・・・? 麻野は何もしていない。 何も悪いことをしていないのに、どうして崎山に謝る・・・? 崎山は、くしゃりと麻野の頭を撫でると、それからずっと天井に映し出された宇宙の景色を見上げていた。 さっきのごめんなさいはどういう意味なんだろう。 麻野を引き寄せた崎山には、明らかに親切以上の感情がこもっていた。 麻野もそれを感じ取ったのだろうか。その崎山の思いに対してのごめんなさいなのだろうか。 そう思うのは、おれの勝手な都合・・・? おれが、崎山と行って来いと言ったときの、麻野の少し淋しげな瞳が思い出される。 おれは初めて天井に投影された宇宙を見上げた。 月の特集がメインのようで、幻想的な大きな満月が映し出され、それが光源となって少しばかりシアター内が明るい。 その月を眺めていると、自然と心が安らぎ、前にすわるふたりのことが気にならなくなった。 崎山のことは、これからもずっと付き合っていく親友だと思っている。 そして崎山はおれの麻野に対する気持ちを知っている。 それなのにおれは、崎山の挑発に乗って、後をつけるなんて、最低な行為を犯した。 麻野に対してもそうだ。 麻野は雰囲気で流されるような、そんな軽いコじゃないとわかっているのに、それに麻野はおれの所有物じゃないのに、いっぱしの保護者気取りでいた。 ただの嫉妬のくせに・・・ おれは、ふたりを信用していなかったんだな・・・ああもう最低っ! そんなおれの自己嫌悪な思いでさえも、月の光に優しくつつまれると、少しずつ軟化していくのは、やぱり月の持つ不思議な力のせいだろうか。 目を閉じると、心地いい音楽がおれを眠りの世界へと誘った。 |
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